熊本地震の現場で感じたこと|損害保険鑑定人が見た被災地の状況

コラム

地震が起きてからしばらくして、熊本の被災地で住宅の調査に入りました。

損害保険鑑定人として、これまでにも災害の現場を見る機会はありましたが、実際に被災した住宅を一軒一軒見ていくと、ニュースや写真だけでは分からないことがたくさんあります。

今回の現場では、地震の怖さを改めて感じた一方で、地震保険の調査という仕事の難しさについて考えることも多くありました。

この記事では、個別の建物や事故についてではなく、一人の調査員として熊本の現場に入って感じたことを書いてみたいと思います。

現場に入った頃は、まだ余震への緊張感があった

現地に入った頃は、地震からそれほど時間が経っていなかったこともあり、街全体に緊張感がありました。

調査をしている最中に余震を感じることもあり、住んでいる方も地震にかなり敏感になっていました。

「まさか、こんなに早くまた地震が来るとは」

そんな話をされる方もいました。

一方で、過去の地震を経験している方の中には、「また大きな地震が来るかもしれない」と警戒している方も多かったように思います。

地震は、揺れが収まれば終わりというものではありません。

その後もしばらくは、「また来るかもしれない」という不安を抱えながら生活することになります。

実際にその空気の中にいると、地震という災害の怖さは、建物の被害だけではないのだと感じました。


立ちはだかる地震保険制度との壁

住宅の被害を見ていて、意外だったことの一つがあります。

それは、見た目に感じる被害の大きさと、地震保険の調査で認定される損害の大きさが、必ずしも一致しないことです。

現場では、

「これだけ壊れているのだから、かなり大きな損害になるのでは?」

と感じるような住宅でも、実際の損害認定では、そこまで大きな数字にならないことがあります。

逆に、建物の見た目だけではそれほど大きな被害に感じなくても、調査をしてみると評価に影響する損害が見つかることもあります。

これは、地震保険が住宅の修理費をそのまま積み上げて支払う仕組みではないこととも関係しています。

つまり、

「家がこれだけ壊れたから、修理費がこれだけかかる。その金額がそのまま保険金になる」

という単純な仕組みではありません。

地震保険には地震保険独自の損害認定の考え方があります。

そのため、被災された方が感じる「家の被害」と、保険の調査で見る「損害」は、どうしてもズレることがあります。

実際に現場に入ってみると、この違いを説明することの難しさを何度も感じました。


外から見える被害だけが、地震の被害ではない

今回の現場主に見るのは、基礎や壁のひびなど、建物の外側に現れる損傷です。

一方で、住宅の中を見ると、内壁や建具などにも地震によるひびや不具合が見られることがあります。

被災された方からすると、当然これも「地震で壊れたもの」です。

だからこそ、

「ここにもひびが入っています」

「この建具も地震の後からおかしくなりました」

と教えていただくことは少なくありません。

ただ、住宅の中にあるすべての損害が、そのまま地震保険の損害認定に反映されるわけではありません。

ここには、実際の被害と保険制度との間にある、少し難しい部分があります。

調査員としても、「壊れているのに、なぜ評価できないのか」と思われる気持ちはよく分かります。

だからこそ、単純に「対象です」「対象ではありません」と伝えるだけではなく、できるだけ分かりやすく説明する必要があります。


家財の被害を見て、地震対策の大切さを感じた

住宅だけでなく、家財の被害も印象に残っています。

家具や家電など、地震によって動いたり倒れたりするものは、建物の築年数とは関係なく被害を受けます。

一方で、同じような住宅でも、家具の固定などをしていたかどうかによって、被害の出方が違うと感じることもありました。

実際の現場を見ると、

「家具を固定しておく」

「倒れやすいものを高い場所に置かない」

といった普段からできる対策が、決して小さなことではないと実感します。

防災というと、大きな防災グッズを準備することを思い浮かべるかもしれません。

でも、家の中の家具が倒れないようにしておくことも、立派な地震対策です。


「地震保険って、こういう制度だったんですね」

今回、被災された方と話していて印象に残った言葉があります。

それが、

「地震保険って、こういう制度だったんですね」

という言葉です。

地震保険という名前は、多くの人が知っていると思います。

でも、実際にどのような仕組みで損害が認定され、どのように保険金が支払われるのかまで知っている人は、決して多くありません。

これは当然のことだと思います。

保険は、実際に事故が起きるまで詳しく調べる機会がないことも多いからです。

しかし、被災してから初めて制度を知ると、

「思っていたものと違った」

と感じることもあります。

大切なお金や生活に関わります。今回の現場に入って、改めて「地震保険とはどういう制度なのか」を、平時のうちに知っておくことは大切だと思いました。


「写真を撮っておけばよかった」という声が多かった

今回、家財の被害を確認する中で、何度か聞いた言葉があります。

「写真を撮っていませんでした」

地震が起きた直後に、家の中が大変な状態になっている。

家具が倒れている。

食器や家電が壊れている。

物が散乱している。

そんな状況で、落ち着いて写真を撮ることは簡単ではありません。

まずは家族の安全を確保しなければいけませんし、生活するためには、壊れたものを片付けたり処分したりする必要もあります。

「写真を撮るより先に片付けてしまった」

というのも、無理のないことだと思います。

ただ、調査する側からすると、被害があったことを確認できる写真が残っているかどうかは、とても大切です。

特に家財は、建物のように後から現物を確認できないことがあります。

壊れた家具や家電を処分してしまえば、その時点で実物を確認することはできません。

もちろん、写真がないから必ず認定されないという単純な話ではありません。

それでも、被害を示す写真や資料が残っていることで、確認できる情報が増えることはあります。

このサイトでも何度か書いていますが、災害による損害は「証拠を残しておくこと」がとても大切です。

災害が起きた直後に、保険のために写真を撮る余裕がないことも十分に分かります。

だからこそ、できる範囲で構いません。

安全を確保したうえで、

  • 建物の外観や被害箇所を撮影する
  • 家の中の被害をできるだけ広く撮影する
  • 壊れた家財を処分する前に写真を撮る
  • 被害の状況をそのまま撮影しておく

といったことを意識しておいてほしいと思います。

「そんな余裕はない」と思うのも当然です。

でも、少し落ち着いた段階でいいので、片付ける前に一度写真を撮っておく。

それだけでも、後から被害を確認するときの大切な資料になります。

実際に被災地で家財の調査をしていて、「写真が残っていれば、もう少し確認しやすかったのに」と感じる場面が何度もありました。

災害が起きてからではなく、平時のうちに、

「被害を受けたら、片付ける前に写真を撮る」

ということだけでも覚えておいてもらえたらと思います。


調査を続けるほど、鑑定の難しさを感じるようになった

現場に入り始めた頃は、まず目の前の被害を確認することに集中していました。

ところが、調査が進むにつれて、別の難しさも見えてきました。

地震保険には、決められた認定の仕組みがあります。

調査員としては、その制度の中でできることを考えながら、できるだけ被災された方の気持ちにも寄り添いたい。

でも、どれだけ「何とかしてあげたい」と思っても、制度上できないことがあります。

被害がある。

困っている。

何とかしてほしい。

それでも、保険の認定としてはそこまで評価できない。

そんな場面に直面すると、調査員としても難しさを感じます。

被災された方にとっては、自分の家で実際に起きていることです。

一方で、調査員には保険制度に沿って、公平に損害を確認する役割があります。

この二つの間に立つことが、地震保険の調査の難しさなのだと改めて感じました。


被災地で感じた「人の優しさ」

被害の大きかった地域で、住宅が大きく損壊している光景を間近で見ることもありました。

仕事として調査をしているとはいえ、そうした光景に慣れることはありません。

自分が調査している住宅の周囲でも、建物が大きく壊れていることが実際にありました。

そんな場所に立っていると、

「地震というのは、これほどの力を持っているのか」

と改めて感じます。

正直、無力感のようなものを覚えることもありました。

その一方で、被災された方から優しく声をかけていただくことも多くありました。

暑い時期だったこともあり、こちらの体調を気遣ってくださったり、飲み物をいただいたりすることもありました。

調査をする側なのに、逆に気遣っていただく。

そんな場面も少なくありません。

過去の地震を経験している方も多く、地震への備えや調査について慣れているように感じる方もいました。

それでも、初対面の調査員に対して比較的好意的に接してくださる方が多かったことは、今でも印象に残っています。


同じ認定結果でも、受け止め方は人それぞれ

調査をしていると、当然ながら、すべての人に同じように納得していただけるわけではありません。

同じような認定結果でも、

「ありがとうございます」

と笑顔で言ってくださる方もいれば、

「なぜこうなるのか」

と納得できず、厳しい言葉を受けることもあります。

これは、どちらが正しいという話ではないと思っています。

被災された方にとっては、自分の家のことです。

生活そのものに関わることでもあります。

だからこそ、数字だけを見ている調査員と、実際にそこで生活している被災者との間には、どうしても見えているものの違いがあります。

調査をする側としては、その違いを少しでも埋めるように説明することが大切なのだと思います。


「家って、こんなに壊れるんだ」と思った

今回、さまざまな住宅を見てきて、矛盾するようですが、

「家って、こんなに壊れるんだ」

と思うこともあれば、

「これだけ揺れても、家ってこんなに壊れないんだ」

と思うこともありました。

同じ地震でも、建物によって被害の出方は大きく違います。

築年数や構造、地震対策など、さまざまな要素が関係しているのだと思います。

住宅の被害を実際に見続けていると、普段何気なく暮らしている「家」というものについても、少し見方が変わってきます。


最後に、一人の調査員として思うこと

今回の現場で、地震保険の制度について考えることはたくさんありました。

「この被害を何とか評価できないか」と思うこともありました。

でも、保険には保険の制度があります。

その制度の中で、公平に判断しなければならない。

そこに、地震保険の調査の難しさがあります。

そして同時に、最後に残るのはやはり「人」なのだと思います。

同じ結果でも、受け止め方は人によって違います。

だからこそ、調査員としてできるだけ丁寧に話を聞き、制度の中でできることを考え、分かるように説明する。

それしかできない場面もあります。

今回、熊本の現場に入って感じたことはたくさんありますが、その中でも一番強く残っているのは、地震保険という制度を、被災する前に一度知っておいてほしいということです。

実際に被災してから制度を知るのではなく、

「地震保険は、こういう仕組みなんだ」

と平時に知っておくだけでも、いざというときの受け止め方は少し変わるかもしれません。

そしてもう一つ。

被災地で住宅を見ていると、災害の怖さだけではなく、そこで暮らす人たちの優しさにも触れます。

それもまた、実際に現場に入らなければ分からなかったことでした。

今回の熊本での経験は、損害保険鑑定人としてだけではなく、一人の人間としても、これからの仕事を考えるきっかけになったと思っています。

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